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非現実的な妄想はやめてリアルに考えてみよう

 投稿者:かずま  投稿日:2011年 2月27日(日)21時19分52秒
返信・引用
  現実的に考えようと思って、いろいろ考えてみたんだけど、、、ゼンゼンわからない。
あまりにも起こってることが大きすぎて、私にはさっぱりわからん。

そのくせ、日本のメディアは、なんだか妙に落ち着いてる気がする。
この状況を過小評価しすぎではないかと思うのだが。
戦後最大の混乱ではないのだろうか。。。

自分がいまどういう立場に居るのかは、
過ぎ去って振り返る時がくるまで、本人にはわからないということか。

あるいは、私の思い過ごしなのだろうか。
 
 

リビアの後を妄想する。

 投稿者:かずま  投稿日:2011年 2月27日(日)00時27分52秒
返信・引用
  リーマンショック直後、米国大統領がバラクオバマに決まったとき『これだけの経済混乱が起きたなら、政治が何の影響も受けないはずがない。確実に混乱をし、世界は戦争に巻き込まれる。人類史的にみたら、オバマの次あたりがとてもヤバい。だからオバマが任期中に、どれだけ世界を変えられるかにかかっている。時間がない中、どれだけのことを実現できるかだ』というようなことを書いた記憶がある。しかし、事態は私が思っていたより早めに動き出してしまった感じだ。ネットの威力を過小評価していたということだろう。

ついに中東全体に火がついてしまった感がある。リビアは、とんでもないことになりそうだ。カダフィ大佐は逃げ場が無いのがわかってるから何でもやる。もしどの国も亡命を受入れなければ、あとは自分の死刑を少しでも先延ばしするために、国民を虐殺してでも事態の沈静化をはかるしかない。あるいは惨劇をカードに使って自分の命の保障を取付けるために。だから本来はフランスとか米国が亡命を受入れた方が被害が少なくてすむのだけれども、そんなことをしたらアフリカと中東全体を敵に回すことになる。できない。だから、惨劇は、もう避けられない。ただし、各地の族長たちが反旗を翻しているのはCIAやMI-6の支援に自信を持ったからに違いなく、こういう地方都市ではすでに、フランスを中心とした暗殺部隊による潜入作戦が準備されてるだろう。惨劇が起こって世論が止むなしとなってきたら、国連が手間取ってる間にすぐに作戦開始だ。リビア政府軍傭兵部隊と、フランス外人部隊の水面下の戦いだよ。問題は混乱の中でどれだけ短時間に決着をつけられるかだ。失敗したら殺戮の内乱が続く。失敗は許されない。リビアでは今後、空想スパイ映画のような出来事がリアルに起こる。

そして、リビアが片付いたとしても、まだまだ先は途方もなく長い。カダフィでさえ倒れるなら、中東のすべての国が確実に混乱に陥る。そして、波はアフリカ全土に広がり、収拾がつかなくなる。各地で暴動、内乱、戦争が起こるだろう。世界は、否応なく、巻き込まれていく。さらに言うなら、仮に混乱収拾のメドがたち始め、中東やアフリカの諸国が次々に民主化へ動き出すとしたら、、、今度はそれを確認した中国が、確実に弾ける。間違いない。その前に中国共産党が賢明な判断をして、共産党を割るなりして複数政党の実現と選挙を行ってくれれば、まだ何とかなりそうだが、それは想像し難い。ウィグルやチベットは自治を強化する連邦制であっても拒絶し独立宣言をするだろう。そうなったら、、、世界は人民解放軍と戦争をするしかなくなる。だから私たちとしては、漢民族のあの気性、つまり、最終的にはプライドも関係なく損得勘定で動くという気性を信じて、中国共産党が変化してくれるのを祈るしかない。
 

自堕落。それでも石川啄木には才能があった

 投稿者:かずま  投稿日:2011年 1月 9日(日)01時01分49秒
返信・引用
  オマエに何がある?


(ああ、だめだ。どんどん落ち込んでいく)



ところで、最近、前歯が少し欠けた。

虫歯を放置していたせいだ。

そのせいでニッと嗤うと、とてもアホっぽく、そして貧相。

にもかかわらず、なんかもう人生投げ槍になっているので

めんどいから仕事のせいにして歯医者にも行かず、ほったらかしている。



誰か、救ってくれ。w
 

つまりオマエは、淋しいのだろう?

 投稿者:かずま  投稿日:2011年 1月 9日(日)00時36分46秒
返信・引用
  秒速5センチメートルの山崎まさよしを偶然観た。



こういう感情がわき起こったのは久しぶりのことで、すこし狼狽した。

いや、べつに、長いこと想っている女の子がいるとか、そういう話しではないのだけど。



どうも僕は、孤独すぎるようだ。

身から出た錆だが。

漠然とした不幸、か。。。

http://www.youtube.com/v/e5yjSHw9mOw&hl=en_GB&feature=player_embedded&version=3%22%3E%3C/param%3E%3Cparam%20name=%22allowFullScreen%22%20value=%22true%22%3E%3C/param%3E%3Cparam%20name=%22allowScriptAccess%22%20value=%22always%22%3E%3C/param%3E%3Cembed%20s

 

自堕落なところを克服しよう

 投稿者:かずま  投稿日:2011年 1月 8日(土)17時32分9秒
返信・引用
  そう決意したのは4~5年前である。

子供が今年5歳になるから。w


で、克服できたのかというと、なんら出来ていない。というかむしろヒドくなってると思う。なんというか、もう、何ごとにも投げ槍になってしまっていて、ちっとも成長していこうという気力が湧いてこない。。。こういう事を書けば少しは奮い立てるかなと思ったのだが、駄目だな、奮い立たない。w

思いきって、環境を変える必要があるな。私という人間は、何ごとも3年が限界なんだ。まわりの状況が3年以上固定化されていると、4年目あたりから、一気に坂道を転がるように投げ槍になる。このままでは破滅だよなあと頭の隅で考えながら、一方で、自分が落ちていく様を、ただ見つめつづけるだけ、という状態だ。おかげさまで仕事の依頼があるから助かってるが、このままでは、一歩間違えればホームレスなんだよねえ。

書いてるうちに、少し、やる気がでてきた。
がんばろっと。ちょっと、いろいろ、生き方というものを考えよう。
 

不幸なんである

 投稿者:かずま  投稿日:2011年 1月 8日(土)17時20分44秒
返信・引用
  新年早々、陰鬱な話しだけど。ただし、不幸とはいっても、具体的な何かがあるわけではなくて、ただ漠然と、不幸なんである。

面白くないことが幾つかあって、改善すべきこともわかっているのだけど、そして何とか今の状況を打破したいのだけど、どうにもうまく行かない。たとえば、奥さんのムカつく態度のこととかね。w あー、ムカつく。でもそういうのって、仕方ないじゃんか。どうしようもない。それに、仮にそれらが改善できたからといって、私は幸福になれるのかというと、そういうわけでもない。この漠然とした不幸感は、たぶん違うことに起因している。
 

幸福の諸相

 投稿者:かずま  投稿日:2010年10月30日(土)09時43分40秒
返信・引用
  相変わらず幸福について考えているのだけれど、なかなか言葉が滑り出してこない。やはり刺激を受けるために、本を読まねばならないか。。。

幸福について考えるということは、とりもなおさず、いまの私が不幸であるということだ。そう、不幸なんである。

まず、ハッキリいって、今の私は、お金が欲しいのであるが、これが手に入らない。毎月、100万円くらいのお金なら手にできる。でもそれ以上の金、たとえば200万円手にするのは無理なのだ。方法がない。まったくもって不自由であり不幸である。こういう感情というのは卑しいのだろうか。

清貧の思想とは幸福論のひとつなのだろうと思う。なんでわざわざ貧しくなければならないのか、貧しくなければ決して手に入らないものが本当にあるのか、と私は思う。

とりあえず。
 

幸福の諸相

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 8月 8日(日)12時14分55秒
返信・引用
  蓮舫は次のように問わねばならなかった。「本当にこれだけの予算が無ければダメなんですか?知恵と努力とアイデアで、もっと効率よく1番になる方法はないのですか?」と。

1番になること。トップを目指すための行為。これは価値あることではないのだろうか。一体、それを否定する理屈などあるものであろうか。いやしかし、それを否定しているのが現在の日本である。蓮舫の例はその一例に過ぎない。「一番を目指さなくてもいい」という考え方が、日本全土を覆いかぶさるように包み込んでいる。

彼らは、そういうところに幸せは無いという。じゃあどういうところにあるのかと問うと、「ゆとりを持たせてあげるから自分たちで探しない」と言われる。幸せが何かもわからないくせに、幸せの在処もわからないくせに、でも幸せが無い場所ならわかるというのは、あまりにも独善的で、論理性が欠落していないだろうか。しかし、それが現在の日本社会である。
 

幸福の諸相

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 8月 7日(土)01時54分57秒
返信・引用 編集済
  願ってなかったのに実現して幸福を感じる。こういうのを棚からぼた餅というのだろうが、これを考慮していくことに重要性を感じないので脇においとく。問題となるのは「本当に自分が望んでいるものは何か」である。それがわからないから、多くのひとが人生の意味や目的と対峙して困惑するのである。

困惑しつつ、それでも人々は日々を生きている。高級な意味がなくても人は生きることができる。それは日々の小さな悦びを糧にして、といってよいだろう。食事。風呂上がりのビール。晴れた日の夜よく干したふわふわの布団にもぐり込んだときの気持ちよさ、そういった主観的快楽を糧にして。もしかすると何処かに主観的快楽ではない何かがあるのかもしれないが、それでも、主観的快楽は人生の意味や目的に値しないと言えるひとはいないだろう。

このような小さな「意味」なら、日々の営の中にいくらでも見いだせる。そしてその願望はかなう。だからその小さな意味を望み願うことができれば、人は小さいながらも幸福を得られる。人が人生に絶望して自死しないのは、こういった主観的快楽による小さな幸福が願った分だけ絶えず訪れるからである。

しかし私が考えたいのは、もっと大きな、長く持続する深い幸福感である。それは将来の夢の実現であり、もう少し大げさに言うなら善の構想である。どうして私たちは、こういった意味や目的を見失ってしまったのだろうか。蓮舫は「どうして一番でなければならないのか?」と問うた。限りある予算の中でのプライオリティの話しだと言われるかもしれないが、わたしが気になるのは、「なぜ一番を目指すことに疑問符を突きつける議論が正当性をもってしまうのか」ということである。一番を目指すことには、そもそも内在的価値があったのではないか。横山やすしだって、そういう教育を子供にしていたし、あの当時、誰もが「それなりに正しい」と感じていたはずだ。

それが現在ゆらいでいる。足下がゆらいでいるので、いままで以上に意味や目的を見いだせない世の中になっている。価値を取り戻すこと、それが揺るぎない大きな幸福のための最重要課題だ。それは快楽のような外在する価値ではない。それそのものの中に内在する価値(あるいはニヒリズムの克服)だ。
 

幸福の諸相

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 8月 6日(金)22時25分29秒
返信・引用 編集済
  結果的にどの程度の幸福感に包まれるかは、経験してみなければわからない。

現実とイメージのギャップというのは確かにある。
経験した瞬間に色あせるというような、存在論的差異というのもある。
そして先に書いたように、人は未経験のものを正しく評価できないということもある。

他にもあるだろうか。

タルコフスキーの映画ストーカーでは、「真の望みは誰にもわからない」というような事が描かれていた。ストーカーであったヤマアラシは死んだ弟の復活を望んで「本当に望んでるものが得られる部屋」に入る。しかし手にしたものが経済的成功だったので、自分という人間の醜さを悟ったヤマアラシは自殺した。

真に願ってることが実現しても幸福になれないことをがあるし、願ってなかったことであっても幸福を感じることがある。ストーカーという映画はこのような「望みと幸福の関係」の不確実性を語り、「願いがかなうこと」という形式の棄却へと向かう。(そしてこの映画はその後、おそらく小説「山椒魚」のような方向に動き始める。なんでおそらくと書いたかというと、ちょっと難解な映画なのだ)

さて、今のところ私は、

幸福の形式は「願いがかなうこと」、「望みの実現」のようである。
しかし、必ずしも「望みの実現」が大きな「幸福」を生むとはかぎらない。
また「願い」は充分に反省されたものでなければ、逆に不幸をよぶこともありそうだ。

というような、混乱と困惑の中に居る。
最初に諸相と書いたけど、ちっとも幸福の相に向かわないな。
 

幸福の諸相

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 8月 6日(金)21時48分47秒
返信・引用
  と、このように書くと書籍のタイトルのように感じられるが、そうではなく端に私が「幸福について、いろいろ考えてみたい」と思っただけのことだ。

一体、幸福とは何であろうか。内容を問わずにその形式に着目するなら、「願いがかなうこと」と言えるだろう。だからまずは何かを願わないとならない。この願いの存在が物事の生起を「幸福にしてくれる事実」とそうでない事実に分ける。

しかし願っていた通りのことが実現しても「思いのほか幸せを感じられなかった」ということもあるのではないか。これは芸能界に失望するアイドル歌手というような、望んだイメージと現実とのギャップのことを言いたいのではなく、もちろん存在論的差異の話しでもない。「実際に経験するまでは、それがどの程度の幸福感につながるのかは予測できない」ということを言いたいのだ。子供嫌いのひとに子供が生まれて驚愕するほどの幸福を知ることもあれば、長く望み願っていた通りの仕事につけたのに、イメージ通りだし特に嫌なこともないのに何故か思ったほど幸福になれないということもあるだろう。こういうことが、幸福とは何かをさらに不透明にする。
 

美徳なき時代

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 7月 8日(木)11時10分18秒
返信・引用
  神道者さんのマッキンタイアーの評論とか、ぜひ読んでみたい
いや、批判的なものになりそうにないから、逆につまらないか。(笑)
 

徳倫理と神道

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 7月 8日(木)11時02分5秒
返信・引用
  神道というのは、徳倫理の体系なんだなあと、つくづく思う。
なんかもう、そのまんまな気がする。
 

こんにちわ神道者さん

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 6月30日(水)12時39分33秒
返信・引用
  お久しぶりです。
お元気そうで何よりです。

運営サイドに連絡してIDだのパスワードだのを再設定するのも面倒なので、
このまま放置することにしました。

せめて、タイトルくらいは変えたいんですけどね。
自堕落ってのが、ちと恥ずかしい(笑)

放置とはいっても、これからも時々、独り言を書きますので
思い出したら立ち寄ってくださいませ。
 

ああでも

 投稿者:神道者  投稿日:2010年 6月25日(金)12時57分43秒
返信・引用
  続けて欲しいと言っているわけではないです。
でも、潰すことは無いかも。
同じく、他の方も、たまーに来ていると思いますので。

ここに来れば、かずまさんを始めとした論客の皆さんに、どこか繋がっている、
完全に縁が切れていないという感じがします。
そのまま放置に1票。勝手を言って、すみません。
 

たまーにですが

 投稿者:神道者  投稿日:2010年 6月25日(金)12時39分3秒
返信・引用
  見に来ております。

最近は、地味に学会誌に論文や書評を書いたりとしております。
今年は博論執筆に追われて地獄です。
自分の掲示板デビューは15年前くらいでしょうか。
15年前は、國學院大学神道学科の常識は世間の非常識だったので自分の役割があって、
面白かったのですが、いつのまにか、
漫画でも描かれ、一般的にも普及した知識になってしまいました。
正直言うと、自分はそんなに右じゃないのですね。
ただ、批判する側があまりにも右の主張をしらないので、議論が噛み合わなかった。
右の主張を紹介することで、いつのまにか主義者のように受け取られていたというのが事実かもしれません。
とはいえ、楽しんで投稿していたというのは確かです。
 

てか、たのむ!

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 6月21日(月)17時21分4秒
返信・引用
  フォローしてくれ。

誰かがフォローしてくれるんなら、、、

僕にもつぶやくことが出来るかもしれない。(笑)


無理かな。イマイチ面白さがわからんし。
 

考えてみれば

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 6月21日(月)17時16分13秒
返信・引用
  もう10年くらい、いや、それより前からやってる気がするんだよね。ココって。

KCNさんとか、3x歳だったもの。やけにこれだけは鮮明に覚えてる。

ココって、ここ数年はもうずっと休眠状態で、それは私が遠ざかってしまったせいなんだが、

ブログとかツイッターとかが出てきて、

こういうヒッソリとした掲示板が、まったく面白くない存在になった

というのは、あるね。

(kazumaが面白くないというのは置いといて)



デザイン変更して・・・というのは、いっそのこと消しちゃおうか

とも思ってのことなんだけど

気軽に消すこともままならないという不自由さ。(笑)


さてさて、どうしたものか。

運営側にメール送るのもメンドクサイ。


あ、そうそうずいぶん前に、ツイッターのアカウントだけは作ってあるんだ。

まだ呟いたことすらなく、世耕や山本一太のツイートを読んでるだけなんだけど。

ヒマなときは話しかけてみてほしい。

もちろん名前は、xxxkazumaxxxだよ。
 

皆様

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 6月21日(月)16時47分40秒
返信・引用
  今日、ひさしぶりにこの掲示板のデザイン変更でもして、、、と思ったんですが、

なんか、運営体制がいつの間にか変わってるみたいで、

認証に、まったく知らないIDと暗証番号を求められてしまいました。

なんか、新しいIDはどっかに送られてるらしいのですが、

どのアドレスに送られてるのか皆目わからず、

しかも、たぶん、消しちゃってる。

というわけで、どうしたらいいものか。



このままフェードアウトしていいだろうか。。。。
 

一番見たい絵

 投稿者:あずき  投稿日:2010年 6月11日(金)10時17分18秒
返信・引用
  御邪魔しました。  

今日はひさしぶりにすごいのを見た

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 5月 7日(金)05時35分52秒
返信・引用
  なんでも、NYの証券会社が、桁を三つ間違えて注文を出しちゃったらしい。それを切っ掛けにして、ダウが1000ドルの暴落。その瞬間にドル円は92円から88円に下落。弱含んでいたユーロにいたっては、118円から一気に110円まで下げちゃった。恐ろしい。ここのところの私はずっとユーロ円ばかりをやっているんだけど、なんかもう、恐くてやってられないね。  

この人の動画は素晴らしい!まだ観たことない人はぜひ

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 4月27日(火)10時19分33秒
返信・引用
  http://www.youtube.com/watch?v=nwPQdcGTRQo&fmt=37  

テクニカル分析に新値足というものがる

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 4月21日(水)12時19分0秒
返信・引用
  えーと、なんか、ひとによっては有益かも、と思うので、もうちょっとだけ書いてみたい。

テクニカル分析に新値足というものがる。これは、前回の高値を上回った時(あるいは安値を下回ったとき)だけ、チャートの棒グラフをのばしていくというものだ。言葉ではわからんだろうから、興味のあるひとは検索してみてほしい。特に強いトレンドが発生している時は、実にわかりやすいチャートで、いつポジションを整理すればいいかがわかる。早めに処理して早すぎたと泣くことはないし、仮にこのチャートで失敗しても仕方ないと諦めがつく。


  ■
 ■ □
■   □
    □
     □

結果的にこんなグラフになる。
計測は、株なら5分単位、30分単位、1時間単位くらいが一般的だ。長期投資なら1日単位

このグラフをジックリとみて、できれば自分でグラフをつけて、心に刻み込もう。



前回の高値を上回った、それを理由に売ってはならない。むしろ買いタイミングを待て。
前回の安値を下回った、それを理由に買ってはならない。むしろ売りタイミングを待て。
 

ついでに書いちゃおう、トレード技術の話し

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 4月21日(水)11時48分14秒
返信・引用 編集済
  前回の高値を上回ったら、買い
前回の安値を下回ったら、売り

これ、簡単なようだけど、なかなか難しい。私を含めて素人さんは、どういうわけか心理的に、上記の逆を意識してしまう。
つまり、前回の高値を上回ったら、、、そろそろ下がるんではないかと考えちゃう。
前回の安値を下回ってきたら、、、いくらなんでもそろそろ騰がるだろうと考えちゃう。
これが失敗のもとです。

騰がる時は前回の高値を上回る
下がる時は前回の安値を下回る

これは、絶対の、真理です。この逆を行ってはなりません。

詳細に説明し始めると、もうちょっと細かい技術があって、違う表現になってくる。というのも、これは今現在のトレンドが、上昇トレンドなのか下降トレンドなのかを意味してるだけだからだ。今が上昇トレンドにあっても振幅はしているのだから、トレンドを維持しつつも逆に動くことがあるし、次にすぐに下げだして下降トレンド入りすることもある。でも、少なくとも、今現在のトレンドに逆らう行為ばかりしていたらトータルでは必ず負ける。なので、勝てない勝負をしないという意味では、

前回の高値を上回った、それを理由に売ってはならない。むしろ買いタイミングを待て。
前回の安値を下回った、それを理由に買ってはならない。むしろ売りタイミングを待て。

という感じで考えておこう。


あ、なんか、僕にしては珍しく、有益な投稿をした気がする。。。w
 

革命的イノベーションは、古い技術の後に始めて現れる。という予想。

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 4月21日(水)11時35分52秒
返信・引用 編集済
  なんか、アタリマエな予想ですが。これはトレード技術の話しにも似てるね。騰がるときは前回の高値を抜き、下がる時は前回の安値を下回る。当たり前すぎ。しかしここで大事なのは、時系なんです。逆はあり得ない、という。

社会全体が電気を利用するためには、それを生み出す為の熱機関による発電装置が必要であった。要するに、熱機関がなければ、コンピューターは生まれようがない。おそらく、こういう構図は真理だろうと思う。

つまり、次の革命は、電気とコンピューターがなければ生まれようがない、あるいは、普及しようがない、何かだ。しかも、生まれようがないとはいっても、それに全面的に依存したものではない。電気というのは、太陽光発電でも得られる。古い技術は、生まれるときには必要なのだが、本質的に別物の革命であるからには代替可能でなければならない。インターネットを別物と扱いずらいのはそのためだ。これは、電気とコンピューターに全面的に依存しており代替は不可能である。もし代替が可能になるのだとしたら、おそらく、ソレこそが、新たな革命であろう。

そうやって考えていくと、やはり次の革命は、エネルギーに関する何かではないかと、私には思える。それが何かはまったくわからないのだけど、、、SERNの本格始動は、その何かを明らかにする可能性が高いと思う。粒子加速器は、まさに、荷電粒子を加速させる装置だ。出てきたものの分析にもコンピューターは不可欠という、イノベーションに関する予想に、ピタリと符合する。わはは、そんなこと言ったら、今行われている研究は何でも符合するんだけどね。w しかし、それは電気に変わる何かということではないだろう。幾ら何でも今ソレを期待するのは空想的すぎる。やっぱし、重力が解明されるとか、核融合に関する新しい技術とか、そんなことかなあ。。。

燃料電池は、調べれば調べるほど、新しいネタ、、、すなわち、電気的化学反応に関する素材やアイデアに限界が見え隠れしており、今の科学文明ではちょっと先がない。実用化はされるだろう、効率もよくなるだろうが、本当に革命的といえるのは、数センチ大の箱から、半永久的にエネルギーが取り出せるというようなものであろう。太陽電池にしても同じで、効率はまだ余力があるが倍にはならないということを考えると、やはり革命をおこすほどのものではない。

次は何だろう。。。
 

イノベーション

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 4月21日(水)11時00分51秒
返信・引用
  イノベーションを定義するのは難しい。それというのも、最近この言葉が流行していて、なんでもかんでもイノベーションになってしまっているからだ。しかしまあ僕なんてのは、イノベーション論の本なんて一冊も読んだことがないので、もしかしたら僕のイメージの方が間違ってるのかもしれない。

とにかく、それは、技術革新のことだ。で、特に、ココから先で、僕が書きたいのは、革命的な技術革新についてだ。

古くは車輪であるとか活版印刷であるとか、いろんな重大発明がありますが、僕らの社会や経済を大きく変え、そして前進、拡大させたものはというと、、、やはり熱機関による産業革命でしょう。これは本当に驚くべき発明で、考えてみれば原子力発電の仕組みだって、ようは石炭やオイルの換わりに原子力でお湯を沸かしてるのであるから、熱機関の進化形でしかない。

その後、熱機関に匹敵する革命は、電気の利用とコンピューターの発明だろう。これは私なりに考えて、電気とコンピューターという表現でひとくくりにしているんだけど、アカデミックな常識からは、これらは別物に扱われるかもしれない。

インターネットをどう扱うか。これは確かに驚くべき発明であるが、しかし、電気とコンピューターに全面的に依存しているという点では、別扱いするほどのものではないし、コミュニケーションのあり方をどこまで変革したかを考えれても、何かが本質的に変わったというわけではない。派生的にうまれてくるものにしても、熱機関や電気利用とコンピューターなどに匹敵するものとは思えない。インターネットを過小評価するつもりはないが、ツイッターが世界を変える!なんてのと同じで過大評価するのも間違っていると思う。

つづく
 

外需依存と内需促進の合わせ技

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 4月21日(水)10時27分9秒
返信・引用
  当面、私たちは、日本の技術をアジアや世界に輸出するという形で食いつなぐことになる。その端的な例が、新幹線や原子力発電です。建設にしても農業にしても技術輸出には、かなりの期待がもてる。一方で、それらをうまく実現する為には、国家と企業がしっかりと手を組む必要がある。すなわち、企業を支持基盤にもたない今の民主党では、ちょっとスムーズに実現していくのが難しい。とくにですね、原発において韓国の進出を許しちゃってる時点で、政権失格です。そもそも民主党なんてのは反原発団体と結託する可能性すらありますからね。

現在、世界の原発需要はとても大きく、全部あわせたら数百兆、もしかしらた数千兆という規模にもなる。日本勢は反原発、脱原発の風潮が色濃かった時代から、この分野に賭けていたので、早々に世界的な連携体勢をとった。

まずは東芝が三菱重工からウエスチングハウスをかすめ取って加圧水型原発にのり出した。

日立はそれまでの流れでGEとの関係を強化。沸騰水型をさらに追い求めた。

三菱重工はウエスチングハウスを取られたので、フランスのアレバと提携。

というわけで、世界の原発コングロマリットは、東芝-WH、GE-日立、アレバ-三菱重工の3体勢に整い、これにロシア勢を加えた4勢力となった。これで数千兆のお金を分け合うつもりだったのだ。ロシアなんてのは気にすることはないさ、どう転んでも日本企業がガッツリ食い込めるぜと左団扇でニンマリしてたら、そこに韓国が驚くべきことに、ほとんど独自に原発を開発し、価格破壊をしてきたのであった。UAEの原発は韓国が受注した。

これはもう民主党の大失態だろう。何が国家戦略室だ、イラ菅のばか!。そろそろトルコ原発の入札だと思うんだが結果はどうなったんだろ。調べてないからわからんが。あそこは地震があったりするから、どう考えても日本勢が有利なのだ。そもそも日本大好きのトルコでありながら、ここでも取りこぼしがあるようだったら、まじ、日本の未来は無い。
 

しかし、現実をよくよく考えてみると、、、

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 4月21日(水)09時52分13秒
返信・引用
  10年たらずで移民政策を実現するってのは可能性が低い。ちょっとした難問が横たわっているからだ。それは、日本国憲法や日本の国益を守るということをどのように担保したらよいのかという問題で、まあ、誓約書を書いて宣誓をするというようなことをすればいいだけのことなんだが、それがおそらく今の日本では「できない」だろうということだ。日本には日本独特の歴史的、あるいは地政学的な事情がある。

まずは憲法論議になってしまう。なぜなら、移民のひとたちだけが宣誓するのはおかしいわけだから、日本人であっても参政権を得る年齢になったら、何らかの形で宣誓する必要がうまれるわけだが、おそらくそのとき憲法のそもそも論みたいなことになってしまって、改憲議論にはまり込んでしまうのが目に見えている。それはおそらく、宣誓するということに拒絶反応をする左勢力たちの思惑を巻き込んでしまって、ただ混迷するのみ、一歩も先に進まなくなるだろう。

圧倒的に多いだろう中国人の問題もある。実際、そういう中国人が沖縄に集中したらどうなるか。単に、立派な中華街が出来上がるという話しではすまない。ま、空想話しが極まっちゃうので、ここでは、困ったことになるとだけ書いておくけど。

これ以上は書かないけど、まあ、無理でしょうね、移民政策は。ですから、本当の結論を書きますと、【日本の内需に未来はありません】。ハッキリ言って、もう終わってます。経済の規模がどんどん縮小していきます。それを上回るイノベーションがあればいいんですが、現在のGDPを維持するのがやっとでしょう。

イノベーションに関しても私は思うところがありまして、私の考えでは、現在の文明は、大きなイノベーションの端境期にある。電気の利用とコンピューターの発明は、無数の便利なものを生み出し、1930年代以降の世界経済を支えてきましたが、どうもですね、携帯電話とインターネットで、そろそろ打ち止めなんじゃないかと思えるフシがあるのです。潜在的な経済規模を大きく広げていくような、車だのパソコンだのというものは(車は熱機関ですから、その前のイノベーションですけれども)、もうここからは出てこないでしょう。これから先は、既存の商品の作り替えをして伸びしろをのばしていくしかない。環境問題というのは、こういった理由からうまれた苦し紛れのアイデアでありますけれども、そろそろバケの皮が剥がれてきてまして、たぶん将来は禁酒法と同じような評価になるんじゃないでしょうか。それでも太陽光発電とか燃料電池がある程度のイノベーションをもたらすでしょうし、今年からですかね、欧州でSERNの粒子加速機が本格始動をするそうですから、いろいろ期待は高まりますけれども、何かが発見されたとしても、それが僕らの生活を変えるのには数十年かかります。端境期であるのは、たぶん間違いない。

というわけで、人口減少や歪みを乗りこえて成長を続けるのは、ちょっと難しい。で、第二の本当の結論。【僕らは外需に頼るしかない】

外需に頼ると、とんでもない格差社会がうまれます。シャープやキヤノンも国外生産に踏み切らざるを得なくなるのは必定ですから。人口減少を越えるスピードで雇用が無くなり、国内では失業者が大量発生するでしょう。そこで第三の結論。

【日本は、高負担、高福祉の、北欧型国家にならざるを得ない】

消費税は25%だ!(これ、マジでそう思う)
 

とにかくさ、

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 4月19日(月)13時39分31秒
返信・引用
  お金のある人には、使ってもらわないと。

そうやって、日本人の生活の質を高めていかないとね。

人が減ってる分、みんなで支出を増やさないと、経済が廻んないよ。


もちろん、お金がない人は、無理して使うことないぜ。
 

というわけで

 投稿者:かずま  投稿日:2010年 4月19日(月)13時33分0秒
返信・引用
  日本経済の足下の最大の問題は、誤った清貧思想が蔓延している社会的雰囲気。
日本経済の目先の最大の問題は、人口減少(歪み)。

この二つが、構造的に日本のデフレ不況をつくり出している。
この二つを何とかしないかぎり、日本経済に出口はない。

まあ、外需に頼ればよいというだけのことでもあるのだが、
外需頼みにシフトしてしまうと、格差問題が、現在の比ではなくなってしまう。
そうなってもいいというなら、外需で日本の経済は維持できるから、私は何も心配しないのだが、
たぶん、日本と言う国が、政治的に保たないほどの、とんでもない格差社会になるだろうね。
 

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